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第6話 推敲メモ

Auteur: 春野ケイ
last update Date de publication: 2026-10-31 18:05:03

「――というわけで、作戦会議を始める」

放課後の温室。鉢植えの陰に置いた木箱を机がわりにして、俺は羊皮紙を広げた。

向かいに座ったミシェルが、ごくりと唾をのむ。

「さ、作戦会議……」

「お前とハーヴィー先輩をくっつけるための作戦だ」

「くっ……! 声が大きいです、リュカ様!」

ミシェルが真っ赤になって周りを見回す。温室には俺たち二人しかいない。カイルは今日、騎士科の演習で来ないことを確認済みだ。

俺は羊皮紙に、さらさらと項目を書いていく。

『一、二人きりになる口実を作る』

『二、ハーヴィー先輩に、ミシェルの気持ちを少しずつ意識させる』

『三、決定的な場面で、背中を押す』

ミシェルが、まじまじと紙をのぞきこんだ。

「リュカ様って……なんだか、恋愛小説みたいなこと考えますね」

「……よく言われた」

主に担当編集に。主に締め切り前に。

実を言うと、この作戦には元ネタがある。

一番最初に書いて、ボツになったプロット。カイルとミシェルの話だ。あの原稿の中で、二人が距離を縮めるきっかけは、学院の収穫祭だった。準備委員に選ばれた二人が、飾りつけのために遅くまで残って、灯りの下で初めてまともに話をする。

ボツになったはずの場面を、今度は余白で起こしてやる。

「収穫祭の準備委員に、お前とハーヴィー先輩を推薦する。委員は各学年の推薦で決まるから、根回しは俺がやる」

「そ、そんなことできるんですか」

「侯爵家の三男をなめるな。取り巻きだけはいる」

本文で書いた、リュカの数少ない長所だ。顔が広い。性格は悪いけど。

「ただ、問題がひとつある」

「問題?」

「ハーヴィー先輩の予定がわからない。騎士科は演習が多いから、委員を引き受けられる日が限られるはずだ」

カイルは脇役だった。本文にも設定資料にも、彼の予定表なんて書いていない。

そして、カイルの予定を一番よく知っている人物は、ひとりしかいない。

剣の稽古相手。同じ騎士科の友人。

(……アルベルトだ)

推敲方針、その三。アルベルトには近づかない。

俺は心の中で、その一文に三本目の二重線を引いた。

夕暮れの訓練場は、もう人がまばらだった。

アルベルトは、端の打ち込み台の前にいた。上着を脱いで、シャツの袖をまくって、黙々と木剣を振っている。

一振りごとに、空気が鳴る。

(……うわ)

本文では、何度も書いた場面だ。『アルベルトの剣は、研ぎ澄まされた氷のように美しかった』とか、なんとか。

実物は、違った。

氷なんかじゃない。汗が光って、息が上がって、腕の筋が張っている。美しいというより、生きていた。

木剣が止まる。アルベルトが、こちらを振り返った。

「……ベルナール」

「お、お疲れ様です。少し、お聞きしたいことが」

アルベルトは額の汗をぬぐい、上着を手に取った。

「歩きながらでいいか。寮に戻る」

「はい」

並んで歩くのは、初めてだった。

アルベルトは背が高い。歩幅も大きいはずなのに、気づくと俺と同じ速さで歩いていた。

カイルの予定を聞くと、アルベルトは少し考えてから答えた。

「演習がない日は、週の後半だ。ただ、あいつは委員なんて面倒な仕事は断る」

「ミシェルと一緒なら、断らないと思います」

「……」

アルベルトが、横目で俺を見た。

「ミシェル・ローランとカイルを、近づけたいのか」

「はい」

「なぜだ」

なぜ。

本当の理由は言えない。俺が最初に書いた二人だから、なんて。

「二人とも、幸せになるべきだからです」

アルベルトの足が、一瞬止まった。

「……お前は、時々そういう言い方をする」

「どういう言い方ですか」

「まるで、物語の結末を知っているような」

心臓が、嫌な音を立てた。

「それに」

アルベルトは、前を向いたまま続けた。

「お前は、話すとき、俺ではなく俺の後ろの何かを見ている」

「……え」

「最初に図書館で話したときから、ずっとだ」

言葉が出なかった。

図星だった。

俺はずっと、アルベルトを見ていたわけじゃない。アルベルトの後ろにある、設定資料を見ていた。本文の台詞を、キャラデザを、自分が作った「アルベルト・グランツ」を見ていた。

目の前で、汗をかいて、俺の歩幅に合わせて歩いている、この人じゃなくて。

「……すみません」

「謝れとは言っていない」

アルベルトは、ふっと息を吐いた。

「話すときくらい、こっちを見ろ。それだけだ」

俺は、顔を上げた。

夕日に照らされた横顔が、すぐそこにあった。銀灰色の髪が少し汗で湿って、額に張りついている。

設定資料には、書いていない顔だった。

「そういえば」

アルベルトが、ふと思い出したように言った。

「図書館で、お前が読んでいた本を読んだ」

「え?」

「『セレスタ王国風土記』。窓際の席に置いてあった」

あの日、慌てて置きっぱなしにした本だ。

「……どうでした」

「退屈だった」

真顔だった。あまりにも真顔だったので、俺は思わず噴き出してしまった。

「ふ、はは……っ、ですよね。俺も、三ページで寝そうになりました」

「なら、なぜ読んでいた」

「なんとなく、です」

笑いがおさまらない俺を、アルベルトが黙って見ていた。

なんだか、ずいぶん長く見ていた。

「……グランツ様?」

「いや」

アルベルトは視線をそらし、空を見上げた。夕焼けの端から、灰色の雲が広がりはじめている。

「明日は、降るな」

その声が、ほんの少しだけ低くなった気がした。

俺は、知っている。

『雨の日は剣を抜かない。理由は誰にも話していない。』

「……そうですね。降りそうです」

それ以上は、何も言わなかった。言えなかった。

寮の前で別れたあと、俺は部屋に戻って、推敲メモの紙を広げた。

カイルの予定を書き込む。週の後半。収穫祭の委員の件は、明日から根回しを始める。

それから、少し迷って、余白の欄に書き足した。

『アルベルト:本文より、よく喋る』

『歩くのが、遅い。たぶん、合わせてくれている』

『あと、少しだけ笑う』

最後の一行を書いたところで、ペンを置いた。

窓の外では、雲がゆっくりと月を隠しはじめていた。

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    その夜、俺は自室の机にかじりついていた。 羊皮紙を三枚並べ、それぞれの一番上に見出しを書く。 一枚目、「本文」。 二枚目、「設定資料」。 三枚目、「余白」。 作家の悪い癖だ。混乱したら、とりあえず紙に書く。 まずは確認からだ。 本文で、俺はリュカの部屋をこう描写した。『深い青のカーテンと、使われない書棚。リュカは本を読まない』。 顔を上げる。カーテンは深い青。壁際の書棚には、背表紙の金文字が剥げかけた本が、新品同然で並んでいる。 (読んでやれよ、リュカ) 本文に書いたことは、そのままこの世界にある。これは間違いない。 次に二枚目。設定資料だ。 本の中には書かなかったけれど、俺のパソコンの「銀の誓約_設定.txt」には書いてあったこと。キャラの好物、家族構成、子どもの頃の思い出。物語に出す予定はないけれど、キャラを動かすために作者だけが知っておく裏設定。 リュカの設定にはこう書いた。『猫舌。本人は認めない』。 昼間の紅茶を思い出す。ぬるくなってから飲んで、ちょうどよかった。 試しに、侍従が運んできたばかりのホットミルクに口をつける。 「あっつ!」 「リュカ様!?」 扉の脇に控えていた侍従が、慌てて駆け寄ってきた。 「申し訳ございません、少し冷ましてからお出しすべきでした」 「いや、いい。確認しただけだ」 「確認……?」 設定資料も、生きている。本文に一文字も書かなかったことまで、この世界はちゃんと覚えている。 そして三枚目。余白。 本文にも設定資料にも、書かなかったこと。 俺は目の前の侍従を見上げた。黒髪を短く刈った、二十歳くらいの青年。いつもリュカの後ろに控えていて、原作では一度も台詞がない。本文での扱いは、たしか―― 『侍従は黙って頭を下げた。』 それだけだ。 「なあ」 「はい」 「お前、名前は」 侍従は一瞬、きょとんとした顔をした。それから困ったように眉を下げる。 「トマでございます。お仕えして、五年になりますが」 「……そうか。トマか」 知らなかった。 俺は、知らなかった。 五年もリュカに仕えてきた男の名前を、作者の俺は一度も考えなかった。リュカに名前を呼ばせる必要がなかったから。 (余白は、俺にもわからない) 羊皮紙の三枚目に「トマ」と書く。それから少し考えて、こう付け足した。

  • 打ち切りBLの作者ですが、雑に書いた当て馬令息に転生したので推敲します   第一部 一行で死ぬはずだった当て馬 第一章 書き捨てた当て馬 第1話 当て馬、紅茶をかけ損ねる  

    右手の中で、紅茶のカップが傾きかけていた。 目の前には、亜麻色の髪の少年が座っている。大きな榛色の瞳が、怯えたように俺を見上げていた。 ――あ、これ知ってる。 そう思った瞬間、頭の中に濁流が流れ込んできた。 締め切り前の深夜三時。冷めきったコーヒー。モニターに映る原稿。担当編集からのメール。 『春日先生、大変申し上げにくいのですが、『銀の誓約』は三巻で完結という形に……』 打ち切りの連絡だった。 そして俺は、その三巻を書き上げた帰り道に―― 「リュカ様?」 隣にいた取り巻きの声で、我に返る。 王立セレスタ学院の中庭。白い東屋のサロン。午後の茶会。テーブルを囲む貴族の子息たちと、ひとりだけ制服の型が古い、平民の特待生。 間違いない。『銀の誓約』第一巻、第三章。悪役令息リュカ・ベルナールが、主人公ミシェルの頭から紅茶を浴びせる場面だ。 そして俺は今、そのリュカ・ベルナールの手で、カップを持っている。 (待て待て待て待て) この後の展開を、俺は誰より知っている。だって、書いたのは俺だ。 紅茶を浴びたミシェルの前に、アルベルト・グランツが現れる。公爵家の嫡男で、次期騎士団長と目される学院の憧れ。彼は濡れたミシェルに上着をかけ、リュカを冷たく見下ろして言うのだ。 「品性は、家名では買えないようだな」 担当に「ここ、最高です!」と褒められた台詞だった。読者アンケートでも人気だった。 それを今から、俺が言われる。 (いやだ、絶対いやだ) カップの傾きを、ぎりぎりで止める。手首に変な力が入って、紅茶の表面が大きく揺れた。 ミシェルが、ぎゅっと目をつぶる。 その顔を見て、胸の奥がずきりと痛んだ。 俺はこの子に、ずいぶん酷いことをしてきた。原稿の上で。一巻では紅茶、二巻では階段、三巻では舞踏会のドレスコード事件。全部リュカにやらせた。全部、ミシェルとアルベルトを近づけるための装置として。 「……失礼」 俺はカップをソーサーに戻した。かちゃん、と間の抜けた音がした。 「手が滑りそうになった。かからなかったか?」 ミシェルが恐る恐る目を開ける。取り巻きたちが顔を見合わせる。 「リュ、リュカ様……? でも、さっき『その汚い手で菓子に触るな』って……」 言ったのか、俺。いや、リュカが。いや、俺か。 記憶を探ると、確かにほんの数分前に

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